2023年5月28日(日)

何時かわからない。かけ布団がベッドからずれ落ち、寒さで起きる。布団をかけ直して再び眠りにつく。6時起床、館内一斉放送の音楽によって起こされる。味気なく記憶に残らない音楽である。7時から広場で「朝のつどい」があるため、6時半まで不貞寝する。この施設に来てから何回も遠野遥『教育』を思い出している。
6時45分、同部屋の元野球部で現経済学部の男と共に広場に向かう。7時、朝のつどい。彼と共に旗揚げ係に任命されてしまう。「国歌が終わる時に合わせて旗がてっぺんにあるようにしてください。」私は紐が絡まないように手を添えるだけ。彼が紐を下に引っ張る。日本国旗が空高く揚がる。国歌と国旗。カビ臭い歌が空間を浸して一体感のアトモスフィアを醸成する。
国歌終わり。壇上に立たされて拍手を受ける。無表情ですら無い無の表情で、人の空白、灰色の地面、を見つめる。
ラジオ体操あり。他団体の外国人が「ニッポンノカルチャーデスネ」と呟く声が聞こえる。その後、朝飯。コーヒー。人のいない喫煙所。
救急救命講習のためにアクティビティホールという名の建物へと向かう。女が隣に来て「大学生ですか?」と尋ねてくる。四角い輪郭に色白な顔と整った鼻筋、ショートボブの黒髪がクールな印象を醸しながら、太陽光を反射させたデカい目をコチラに向けてくる。「あ、社会人です。」「やっぱりそうですよね。」「そうです。あれ?社会人ですか?」「そうです。成り立てですけど。」「あ、そうなんだ。遠目で見て社会人かなぁ、と思っていました。自分も似たようなもんです。」遠目で見ていました、という謎の告白と、高校生や大学生より明らかに老けて見えますよ、という報告。「え?何歳ですか?」「27歳です。来月からですけど初めての就職で。」「なるほど。私は22歳です。新卒で。」「皆若いですよね。高校生とか大学生ばっかりで。」「ですよね。歳が近くても大学3年生とかで…。」「スタッフの人に聞いたんですけど、普段は社会人もっと多いらしいですよ。」「え、そうなんですか?」「うん、そうみたいです。」
沈黙。
「来月のNEAL?のセミナーは行くんですか?」「いや私それはもう持ってるんですよ。」「あ、そうなんですね。」「大学が教育系だったので。今回は個人的に来た感じなんですけど。」「へぇーなるほど。」
沈黙。
「職種は?」「はい?」「仕事はどういう系なんですか?」「造園業です。」「へぇ現場で?」「いや事務です。」「なるほど。知り合いに造園業やっている人いますよ。」「へぇ、そうなんですかー…」
会話の途中でアクティビティホールに到着した。颯爽と靴箱に靴を押し込み、颯爽と指定された班の場へ向かう。
消防署の署員に胸骨圧迫とAEDの使い方、人工呼吸のやり方を教わる。人形の胸をベコベコ凹ますたびに雑念は薄れていく。

ベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコベコ

ベコベコしすぎて右手小指の皮が剥けてしまった。
食堂へと向かう。真後ろで造園女が歩いている。隣の女と喋っているようだ。「…女として…できる身体で生まれたからには経験して…たいよね…」途切れ途切れに聞こえてくる言葉。
昼食はバイキング方式である。チキンナゲットを取っていると造園女が隣に並んでくる。「造園の会社はどこにあるんですか?」と無難な質問を投げかける。「太田です。」「太田?群馬ですか?」「そうです。お知り合いの造園業やられてる方は群馬ですか?」「いや違います東京ですね。自分東京からなので。」「あ、そうなんですね。」「そうです。3時間かけて来ました。鈍行で。」聞かれてもいないのに答える。「えー大変ですね。明日もお仕事ですか?」「いえ、明日は休みです。」「それなら良いですね。」平行線。
その後、講義を受け、ボランティア登録をする。来月開催されるNEALリーダーの研修の応募もこの時に済ます。
最後は閉講式。ボランティアの認定カードと修了証をもらって終わり。
教室前スクリーンに初日アイスブレイク時に撮影された集合写真が映し出されている。片手拳を突き上げている人間が多いなか、造園女は元気よく両手を空高く突き上げている。俺の姿は見えない。後ろの方で周囲に紛れて軽く片手を上げている、はずだ。集合写真のど真ん中で人目を気にしない女と、そもそも集合写真に映らないような男。そういう根本的な違いなのだ、と頭の中で捏ねくり回す。
帰る。送迎の車が近場のバス停まで送ってくれるらしい。一本煙草を吸ってから入口付近へと向かうと造園女がいる。顔を覗き込み「ありがとうございました。」と声をかけると「ありがとうございました。」と返ってくる。
送迎バスに乗り込む。後部座席に6人も乗るからギュウギュウ詰めで、窓は開けられないし、運転は荒いわで、気持ち悪くなる。ゲーが出そうな胸の気持ち悪さを抱えたまま、16時5分富士見温泉発バス、前橋駅16時35分着、元野球部現経済学部の男と一緒だ、電車に乗り換えて、前橋駅16時52分発、なぜ付いてくるのだ、さっき無理やり「お疲れ様です」と突き放したつもりなのに、高崎駅17時9分着、乗り換えて、彼は高崎で新幹線に乗った、私は鈍行である、大宮駅18時45分着、乗り換えて、南浦和駅19時5分着、人が多くて気持ち悪さに拍車がかかる、乗り換えて、1日で接する人間の摂取量が超えている、西国分寺駅19時39分着、乗り換えて、ボランティアセミナーに行ってより人間が嫌いになることなんて、立川駅19時56分着、あるのだろうか、乗り換えて、頭が痛い、東青梅駅20時25分着、気持ちが悪い。人間のことがより嫌いになった気がする。
帰る。日記を途中まで書いて、マスかいて、寝た。