ザッヘル=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』

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ザッヘル=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』(訳=穂村李弘) 河出文庫

「汝はすべからく鉄鎚となるか、それとも鉄床になるか」p.19

「私の方こそが支配されたがっているのだと、はっきり申し上げたのじゃなくって?それなのにあなたは私の玩具に、奴隷になりたがった!あなたが、高慢で残酷な女の足を、鞭を、身に受けることに最高の快楽を見出したのよ。それでいまは何がお望み?私のなかにだって危険な素質がまどろんではいました。でもその寝た子をはじめて起こしたのはあなたよ。いまではあなたを苦しめ、虐待するのが楽しみになっているけど、それだってあなたのせいじゃないの。私をいまのような女にしたのはあなたなのよ。」p.206

アポローンの鞭を浴び、わがヴィーナスの残酷な哄笑にさらされて、そんな悲惨な状態にありながら、はじめ私は一種の夢想的かつ超官能的な刺戟を感じていたのだった。だがアポローンの鞭は一打ち一打ちとしだいに私の詩的気分を越え、ついに私は失神するような憤怒のうちにぎりぎりと歯嚙みをしながら、おのれの肉欲の妄念をも女や愛をも呪詛するにいたったのである。この時一挙に驚くべき明晰さで、盲目の情熱や肉欲がホロフェルネスやアガメムノン以来、いかに男を不実な女の投げかける袋のなか、網のなかへ、悲惨と退屈と死の世界へ導いて行くかがまざまざと目に見えたのである。夢から醒めたときのような気持ちだった。」p.221

マゾヒストは支配者であり、対象を女王様へと仕立て上げる。超官能的と称されるSMの追及によって、性愛関係から離脱する。