2023年5月26日(金)

5時起床。弁当あり。
電車内でドストエフスキー罪と罰(上)」を読むが、途中眠くなり寝る。90pほど読んで舞浜駅。その後ベイサイド・ステーション駅で下車。
ラジオ体操あり。
労働。モルタル練り。トレーニングボード用武器(斧)模型制作。昨日と特に変わらない。
休憩は2回。昼休憩は1時間。
休憩中「鳥はちんこが無い」という話題。「鳥 ちんこ」で検索すると、

『殆どの鳥類にはペニスが存在しないことが知られています。その割合は何と97%。残り3%のカモやダチョウの仲間にペニスが存在します。ペニスがない鳥類では、総排出孔(ウンコや尿を排泄する穴)から精子を出し、メスの総排出孔に注入します。』
https://manabu-biology.com/archives/%E9%B3%A5%E9%A1%9E%E3%81%AE97%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%83%9A%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%84.html

と出てきて笑ってしまう。
鳥にはちんこもまんこも無く、肛門と肛門をくっつけるのがSEXらしい。鳥は常にAF、いやそれ以上。総排出腔(サイトの孔は間違っているぽい)、かっこいいな。ウンコも精子も卵も同じ穴から出る。穢も性も聖も同じ穴の狢。
労働終わり。17時を過ぎた。ベイサイド・ステーション駅に乗り込み、今日は新宿駅で降りる。新宿駅東口から出て代々木方面へと向かう。道中、美人を何人も見かける、目で追う。新宿駅東南口高架下喫煙所で煙草を喫む。人間で溢れ返っている。
代々木へと向かう。道中、普通の顔の女と目が合う。普通の顔だなと思う。コンビニに寄り住民票の写しを得る。200円。CanDoに入って雨合羽と軍手、ペンとノートを買う。550円。美人とSEXできる男は金持ちなんだろうか、と腐った考えが頭に浮かぶ。
GALLERY TOHへと向かう。LVSYMというファッションブランド(?)のイベント・展示が開催されている。展示ディレクター(?)であるGに頼まれてGALLERY TOHとの仲立ちをしたので筋を通すつもりで見に行く。積み上げられたブランドの箱と射的台。射的台には1〜20くらいの数字プレートが並んでいる。どれかを倒せば、該当する数字の段から箱が貰える。箱の中にはTシャツが入っているものと入っていないものがある。射的をする位置は2箇所あり、遠く離れた場所から当たれば箱が2個もらえる。近い場所は1個。1,000円を払い、銃を借りて遠くから撃つ。2発目で18番に当たる。箱を2箱貰う。どちらも軽い。Tシャツは入っていない外れだ。
サッポロビールを貰う。飲む。久しぶりの酒だ。知り合いがチラホラいる。喋る。私のことを知っていたりする。興味はなさそうである。会話は続かない。顔が真っ赤になる。父親譲りの酒の弱さである。恥を感じる。ホワホワしてくる。
彼らは若い。私も若いはずなのに活力がない。彼らは活き活き、私は暗い。何を喋ればいいんだろうかなんてもうビクビクしないけど。会話は上澄みを掬うだけ。
代々木駅から帰る。総武線三鷹まで行く。日記を書く。明日は朝が早い。疲れたと思う。
早く家に帰って寝たい。このまま生きていて何かあるだろうか。

家に帰る。面目を気にして展示を見たり酒を飲んだりするんじゃなかった。早く家に帰るべきだった。
寝る。

2023年5月25日(木)

5時起床。弁当なし。
スマホを開くとInstagramにメッセージが来ている。知り合い未満の知り合いから金を振り込んでほしいと丁寧に口座番号まで添えてある。クラウドファンディングと称した乞食行為が、夢を叶えたい若者の熱気によって美化されている。朝から憂鬱な気分にさせられて返信はおろか、適当にいいねやハートのリアクションを返す気にもなれない。
バイトすればいいじゃん。
電車内で綿矢りさ勝手にふるえてろ』を読む。表題作「勝手にふるえてろ」を読み終え、所収「仲良くしようか」を読み切るか読み切らないかのところで舞浜駅に到着、本を閉じて降りる。
ディズニーリゾートラインが奏でるドロリと甘ったるい音楽から身を守るため、両耳にデカい黒豆じみた安物のBluetoothイヤフォンを詰め込む。Spotifyを開くと昨日聴いていたトリプルファイヤーのままなのでそれを流す。
ベイサイド・ステーション駅で降りる。
駅から労働現場へと向かう間、身体を順応させるために聴く曲。労働に赴く身体を慰撫したり、裏腹な諦観に浸したり、皮肉に笑うための歌。

東京事変「私生活」
酸素と海とガソリンと沢山の気遣いを浪費している 生活のため働いて僕は都会(まち)を平らげる

PICNIC YOU「A to Z」
「生きるためには働かなきゃな」とか勝手にみんなを殺すなよバカ 金を燃やして笑ってやるぜ

トリプルファイヤー「スキルアップ
※昨日の日記の歌詞

ラジオ体操あり。
労働。モルタルを練る。トレーニングボード用武器(剣)模型の作成。休憩は2回。昼休憩は1時間。
ゴミ捨て場の廃プラのコンテナからスタイロフォームの板を2枚拝借して剣を彫刻する。トレーニングボード用の模型なので、緊張感をあまり抱かずに作業に没頭できる。実際の武器を観察、メジャーで寸法を測り、実寸大で作成していく。水色のスタイロフォームに赤マジックペンで当たりを付け、削る。そう言えば美大出身なのに彫刻(制作)に興味を抱いてこなかった。大学2年生の頃に石膏で首像を作ったけどやらされた感しかなかった。
水色のスタイロフォームをカッターで削るとガリガリくんのような清涼感ある破片が次々と生じる。板は厚みがあるが二次元である。それを削り三次元が生まれることに地味に感動する。他の職人の作業を気にすることもなく、自分の範囲で独り言をブツブツ言いながら作業を進める。幾ばくかの快楽を感じた脳に「これは労働だ」と語りかける。労働は民衆の阿片である、なんて。
酔えるならその方が良い。明確な思想があるなら反抗すればいい。私は左翼にも右翼にもなりたくはない。子供の頃から金が好きだ。欲しい物が手に入る。労働は嫌いだ。労働は卑しく、奴隷の所業だとギリシャ風に思っている。自尊心が高い怠け者である。スコレーから思想や芸術は生まれる?
無理だ。家賃、食費、倉庫代、本代…etc、労働は金を手っ取り早く得る手段だ。そうしてシステムに組み込まれていく。スコレーは労働の合間に見出していくしかない、電車中吊り広告自己啓発本の衒学的言い換えみたいなことを思う。そう言えば批評家(?)のM(さん)が私について『ただ、「いる」行為を通じて、非人称的なシステムに順応し、その秩序を攪乱し、内破させることを作風とする小寺』(アートコレクターズ2022年5月号)と言っていた。
剣は良い出来だった。俺の作品ではない、からこそ。
労働終わり。17時前である。便乗せず、ベイサイド・ステーション駅から帰る。
電車内、ギリ読み途中だった『勝手にふるえてろ』の「仲良くしようか」とあまり面白くない解説を読み終え、ドストエフスキー罪と罰(上)』を読み始める。藤澤清造感がある。当然だ。藤澤清造ドストエフスキーの影響下にある。『罪と罰』を読まずに『根津権現裏』を読んでいたなんて西村賢太ファンを自覚して少し恥ずかしくなる。
不動産屋から連絡あり。「入居安心サービス料」と「消毒料」を外す。「火災保険」も自分で選び年間5千円は安くなる。合計で5万円ほど初期費用が安くなった。金のことばかり考えている。
帰る。録画した水曜日のダウンタウンを見る。日記を書く。
寝る。

2023年5月24日(水)

5時起床。弁当有り。
電車内、ウトウトしながらも川上未映子「わたくし率イン歯ー、または世界」を読み終える。
昨日買った安物のBluetoothイヤフォンを耳に詰め込む。
トリプルファイヤー『スキルアップ』。 

以前はこうして棒を突き刺したり風船を膨らせたりする毎日に
何の意味があるのかなんて考えたこともあったけど
指導力のある上司や充実した設備のおかげで確実にスキルも付き
ここまで大きな現場を任されるようになりました
ありがとうございます

シャカシャカ鳴る。
さ、ゆうで音が鳴っている。さ、ゆう。
昨夜懸念した右耳耳糞は詰まってなさそうです。さ、ゆうで音が鳴っている。
イヤフォンは有線無線共にすぐ壊すしすぐ無くす。傘とイヤフォンは安物を買う。
ベイサイド・ステーション駅で降りる。
ラジオ体操あり。
労働。モルタルを練る。足場を解体する。養生を外す。休憩は2回。昼休憩は1時間。
S(さん)から「高所作業車を動かしたいからH(さん)から鍵を借りてきて」と頼まれる。H(さん)が中々見つからずH(さん)の上司である名前を知らないおじさんにH(さん)の行方を尋ね、鍵を借りたい旨を伝える(高所作業車という名前が出てこず「あ、あの赤い車みたいなヤツの鍵…」と貧弱な語彙で尋ねる)。「高所作業車の鍵を持っていないか、ということね。今からHに用があるからついでに言っておきます。」と言われる。そこへH(さん)が来る。H(さん)に高所作業車(噛んで「こうしょしゃぎょうしゃ」と言ってしまう)の鍵を持っていないかと尋ねると「Oさんが持っています。」と言われる。「わかりました。ありがとうございます。」となぜか感謝してから、O(さん)のもとへと向かう。O(さん)に「こうしょしゃぎょうしゃの鍵を貸してください。Sさんが動かしたいらしく…」と言うと、鍵を取り出しながら「絶対自分に返してね…!」と強く言われる。はぁ、もちろん返しますよ…と思いながら「了解です!」と元気な呪文を唱える。鍵を受け取りS(さん)に渡す。「HさんではなくてOさんから借りました。」「え、なんでOが持っているの。」「なので使い終わったらOさんに返してもらえると…」「わかった。」
休憩時間になったので休憩場所へ向かうとO(さん)やその他大勢がいる。O(さん)がこちらを見やり「鍵は?」と顔で問うてくる。「鍵は高所作業車の充電ができてなかったみたいで、まだ使ってます。Sさんの方から返してもらうように言っておきました。」「ダメだよ。」「え?」「人から借りたら借りた本人が返さないと。」「はぁ…すみません。」「面倒なことになるかもしれないからね。」「了解です。」なにが了解なのか。
休憩から戻りモルタルを練る。練ったら職人たちに供給する。供給を終えてS(さん)のもとへと向かう。「高所作業車動かしましたか?」「うん動かした。」「鍵は抜きました?」「抜いたよ。」「自分からOさんに返しておきます。」「え、いいよ。自分で返すよ……まぁいいか、はい。」「ありがとうございます。」なぜか感謝する。鍵を持ってO(さん)のもとへと向かう。鍵を渡す。「借りた借りてないと面倒なことになりかねないからね。借りた本人が直接返さないと。」再度言われる。「すみません、了解です!」となぜか謝り元気な呪文を唱える。
労働終わり。17時が過ぎた。便乗する。
N(さん)の車で舞浜駅まで送ってもらう。自分の他にI(さん)S(さん)A(さん)が乗っている。A(さん)は三鷹在住である。電車が同じ方向である。言い訳を考える。町田康を読んでいる聴いている、という芳しい共通点が以前発覚しはしたが、町田トークだけで帰りの電車時間を満たせるわけがないし、町田トークをしたい気分でもない。というか早く独りになりたい。「あ、自分トイレ行きます。」と言って別れようかな、と考える。この前の手段と一緒だから「こいつまた偽トイレだ。」と思われそうだな。舞浜駅に着く。この時間が嫌だ。改札を通る。「お疲れ様でしたー。」とAが言ってプイと無視する。隠し持っていたキラーワード「トイレ」を放るまでもなく、「お疲れ様です。」と言って、すいーっと私はトイレへ向かう。一応、面目、礼儀、それは私への?微々たる小水をチロチロしてからホームへと向かい電車に乗った。途中でA(さん)に会わないように祈りながら。自意識や神経が過敏だな、と思います。
電車内、綿矢りさ勝手にふるえてろ」を読み始める。
帰る。日記。O(さん)から鍵を借りた返した云々、の話が怠く、眠くなり、途中で放棄して電気を消して寝た。
不動産屋からの連絡はない。

2023年5月23日(火)

 

5時起床。弁当無し。
電車内で倉橋由美子「聖少女」を読み終え、川上未映子「わたくし率イン歯ー、または世界」を読み始める。歯小説続き。
ベイサイド・ステーション駅で降りる。
雨が降っている。同僚(4、50代の爺たち)から「社長」と揶揄される作業着(コスチューム)に着替える。
ラジオ体操は無し。
労働。モルタルを練る。バッカーを貼る。掃除。休憩は2回。昼休憩は1時間。雨の中、屋外のベンチ(屋根付き)で食う。意地か。他に2人の偏屈なおっさんもベンチにいつものようにいる。性格は似ていそうだ、からこそ、絶対に仲良くはなれないだろう。
不動産屋からの連絡がなくてイライラする。高い契約金をふっかけられるし、契約を急かされる。5月中の契約にしたいらしいのだが、理由を教えろ。「入居安心サービス料」「消毒料」を払わないようにしたい。「火災保険」も高すぎる。火災保険は自分で選ぶことにする。
当初は契約締結日から3日以内の振込、と言っていたくせに、「翌日に振込できますか?」などと問うてくる。「無理だ」と言うと「では翌々日は?」と言う。煩い。
金があれば円滑に進む。しかし金は無い。31日にならないと振り込まれない。
高い契約金から「入居安心サービス」「消毒料」「火災保険」を差し引けば、今すぐにでも払える。そのようにしろくれ。
金。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』。記号、道楽、快楽物質としての金。
労働終わり。17時が過ぎた。便乗する。
車内で爺たちの懐古トーク。「創太(この労働現場では下の名前で呼ばれる、少しゾッとする)はラジカセ知ってる?」「存在は知ってますよ。使ったことは無いかもだけど。(記憶を手繰り寄せるのが面倒臭く適当に答える)。MDとかの方が懐かしいという感じがしますね。お姉ちゃんが買ってました。」「あーそう、MDねぇ。」会話は碌に続かない。
電車の中は暑い。隣にデブが座るので余計に暑く感じる。狭くてジャケットを脱げない。デブが降りた瞬間にジャケットを脱いだ。お陰で小説の内容が頭に入ってくる。
20時前、河辺駅下車。
ダイソーで1100円のBluetoothイヤフォンを買う。
帰る。ネット回線の契約とパソコンをなに買うかを迷いながらスマホをいじり検討する。新居にテレビは無くていいかもと思う。
風呂に入る。耳掃除する。また右耳の奥に耳糞が詰まったかもしれない。
寝る。

「調教都市」7時間リポート ©︎山本昂二郎

 
 

 

西村梨緒葉 個展「ハッピーエンド」についての覚書

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西村梨緒葉 個展「ハッピーエンド」@ニュースペース パ 2022/1/8~16

 

展示という、鑑賞者はいつ行ってもすぐ見れる、いつでも帰れる、その代わり展示物は常にそこにある(いる)ことを強いられる、サドマゾ(放置プレイ)契約。鑑賞者の傲慢さと、待ち続ける展示物との、非対称で淫靡な関係。

 

「ハッピーエンド」では、世に溢れる展示同様、展示室に置かれた様々な物体は、鑑賞者を待ち続けている。最初に奥の部屋に入った時、紙に印字されていた「退屈だ」「いつまでこの状態」というような言葉は、まさに(演劇的な)展示物の言葉として受け取れる。筐体の口から出る、長い(髪というより)舌に乗った言葉の一部を切り取って(見て)、持ち帰る(盗む)、身を売る者と買う者の関係。私だけに語りかけていると思いきや台本がしっかりとある、性愛サービス。

 

展示物が待ち続ける時間に比べたら、鑑賞者が待つ時間なんて、ほんの十数分、鑑賞者がいつ来るのかわからない展示物に対し、鑑賞者は展示物がいつでも見られる状態であることを疑わない。その上、鑑賞者は数分でも待つことを嫌う。サービスを受ける側にあぐらかいて譲らない。なんて傲慢な生き物。でも展示物だってそれを良しとしてる、鑑賞者という女王様に数分でも構ってもらえるだけで、その後何時間でも待ち続ける活力が湧く。見られるということには、見られる側のエロティックな欲望が込められている。所有される欲望。

 

以前から上演系作品の時間設定が嫌い。何故か、それは時間を合わせる面倒くささと、待ち時間を設定する恣意性を、あたかも作品と無関係かのように振る舞う作家に対する嫌悪による。
「ハッピーエンド」では、鑑賞者に対する当て擦りのような、待合室の存在と、時計と、待ち時間の明記、そして(「待ち時間に見てね」と言わんばかりの)絵画、鑑賞者、それらが長時間の待ち時間の末に前景化して、奥の部屋がむしろおまけのよう。ソファが満席の状態の時に、帰っていった一人のおじさんは、とても目を惹く(パフォーマティヴな)行動で、待ち時間を利用して絵画作品のタイトルの翻訳をスマホで調べたりキョロキョロしていた私も、作品の内に組み込まれた気分。展示室から外に出ても、まだ待たされている感覚だし、でも時間をおいて反対側の歩道に行き眺めてみたら、待ち人たちがいる展示室の光景は、絵のようで、そこで初めてこの展示を外から鑑賞できた気がする。

 

奥の部屋の筐体、吐き出される紙、鑑賞者が何の言葉を発さずとも、相手してくれる。それは医師と患者とのやり取りというよりも、性風俗でのサービス(ピンサロで挨拶を交わしたら有無を言わさず跨ってくる)に近い。雰囲気を壊さないように相手が何を求めているかは聞かない、というより鑑賞者の症状を展示物はあらかじめ知っている。鑑賞者は窃視症とサディズムを患い、サービス(キュア)として、展示物は露出狂とマゾヒズムを提供する。
待合室はカウンター内のキーボードを叩く音と、奥の部屋で聞こえる音、それらは病院とか会社のようだったけど、今その音を思い出せず構造のみを思い返すと、性風俗店の待合室をどうしても思い浮かべてしまう。

 

そういえば絵画の展示で、ずーっと見ている人は、一体何を見ているのか。そんな長時間を耐えうる絵画があるなんて、正直思えない。凝視したポイントからボロボロと崩れそう。絵画を見る人はどこか芝居くさい。
私が今まで最も「鑑賞した」といえる絵はおそらく、小学生の頃から通っている美容院にあるラッセンの絵だろう。美術館で絵を見ている人のように芝居がかった姿勢で長時間眺めたことは一度もない。予約したのに待たされた時、シャンプーを終えて手持ち無沙汰の時、毎回のそんな隙間時間にチラッと目に映るそれが、積み重なって「鑑賞した」絵として存在している。

 

ザッヘル=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』

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ザッヘル=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』(訳=穂村李弘) 河出文庫

「汝はすべからく鉄鎚となるか、それとも鉄床になるか」p.19

「私の方こそが支配されたがっているのだと、はっきり申し上げたのじゃなくって?それなのにあなたは私の玩具に、奴隷になりたがった!あなたが、高慢で残酷な女の足を、鞭を、身に受けることに最高の快楽を見出したのよ。それでいまは何がお望み?私のなかにだって危険な素質がまどろんではいました。でもその寝た子をはじめて起こしたのはあなたよ。いまではあなたを苦しめ、虐待するのが楽しみになっているけど、それだってあなたのせいじゃないの。私をいまのような女にしたのはあなたなのよ。」p.206

アポローンの鞭を浴び、わがヴィーナスの残酷な哄笑にさらされて、そんな悲惨な状態にありながら、はじめ私は一種の夢想的かつ超官能的な刺戟を感じていたのだった。だがアポローンの鞭は一打ち一打ちとしだいに私の詩的気分を越え、ついに私は失神するような憤怒のうちにぎりぎりと歯嚙みをしながら、おのれの肉欲の妄念をも女や愛をも呪詛するにいたったのである。この時一挙に驚くべき明晰さで、盲目の情熱や肉欲がホロフェルネスやアガメムノン以来、いかに男を不実な女の投げかける袋のなか、網のなかへ、悲惨と退屈と死の世界へ導いて行くかがまざまざと目に見えたのである。夢から醒めたときのような気持ちだった。」p.221

マゾヒストは支配者であり、対象を女王様へと仕立て上げる。超官能的と称されるSMの追及によって、性愛関係から離脱する。